マインドストーム輪読会第10回参加

3/24(木)19:00-21:00 九段下の筑波大学の会議室で行われたマインドストーム輪読会第10回に参加してきました。開始から1年ほど経ったというはなしです。僕は途中参加で3回しか出ていないけれど、第5回のまとめの担当をしました。

URL : マインドストーム輪読会

一通り読み通したので、今回は「マインドストーム」の内容をまとめて、できれば協同提言をしたいという話でした。しかし、ディスカッションで終わってしまったので、来月また集まることになりました。興味深いディスカッションが行われたので、それを記録しておきます。

まとめまでに至らなかった原因は「マインドストーム」の提起している問題が学びについての根源的な問いかけなので、影響が広く、現在の学校教育との差が激しいからだと思います。現在の学校教育において学力試験で高得点を得る技術を教える効率が優先されて、学習者自らの学びを支援することがうまできていないのではないか?そんな教育方法に特化した学校システムの中で構築主義的教育を行うためには、現在の学校教育を根底から変えなければならないのではないか?という懸念があります。

パパートは、コンピューターにより独自の法則が支配する世界をつくったり、デバッグをしたりするハッカーの活動が、学びのなかで今まで支援が難しかった抽象化や論理的整合性 や手順の分解統合を支援できると主張しました。彼はその例をLOGOによって実際に示しています。僕はこれが「マインドストーム」の凄いところだと思います。普遍的な学習の課題をコンピューター技術とハッカー文化によって進展させることが出来るということです。第4章の最後のデボラの話 のあたりで、コンピュータによって考え方や日常の行動などの広い範囲に影響を与える可能性を示しています。これが本当なら社会にとても大きな変化を与えます。

LOGOやScratchで行われる学びが主要5教科と同じく重要であると主張しても、評価や効果測定ができないと学校教育には受け入れられません。現在の教育の評価は個人主義的であり、グループワークをやっても最終的には個々人に点数をつけなければならないのです。社会的な学びでは得手不得手を互いに補い合って課題を解決することにも価値があるので、個々人に別々の評価を与えるのが難しいです。

サンバカーニバルの学びで語られたような社会の中での学びは重要です。しかし、現在の学校教育は地縁血縁からいかに教育を切り離すかを重視して公平な教育を実現してきた歴史があります。義務教育での社会的な学びには、公平性をいかに保障するかの問題があるという指摘がされました。これは僕が今まで気がつかなかった視点だったので興味深かったです。

電子教科書の動きも注意が必要だと思います。このままだと現在の教師が効率よく指導できるような教条的教育のための便利な道具になりそうです。出題と採点を自動的にできるアプリだけが入ったティーチングマシンです。構成主義的教育の道具には電子教科書ではなくて電子ノートが必要だと思います。電子ノートとは文章をキレイに書くワープロではありません。電子ノートとは思考を拡張するLOGOやSqueak Etoys, Scratchのような言語実行環境のことを指しています。これらは電子教科書と同じ機械に載せることが可能です。それを入れるかどうかを判断すればよいのです。

今の中高生でコンピュータに興味がある人たちは学校の外の社会の中でプログラミングを学ぶことができているように感じています。プログラミングに興味があれば、ネットで沢山の人と情報交換できます。ネット上のエンジニアのコミュニティには技術を学ぶ人には大人も子どもも分け隔てなく技術を共有するという雰囲気があります。大人が初歩的なことを聞いても良いし、子どもであっても不備のある発言には厳しく批判します。そんな実社会の中で、自らの興味によってプログラミングを学んだ人々が今の中高生のプログラマなのです。ここにはパパートがサンバカーニバルの学びで示した社会的な学びの共同体が自然発生的に出来ていると僕は思うのです。逆に、学校教育がこれからコンピュータプログラミングを教条的に教え始めて、プログラミング嫌いを大量に産み出すことの方が心配です。

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This article has 1 Comment

  1. @abee2さんのツイートからきました。

    参加できなかったことと、Ustもまだ観てないのですが、よい議論だったようですね。

    ひとつ、パパートの理念、それを継承しているMitchelらの活動は成果を出していますが、アメリカ社会を変えるには至らず、日本と同じく、電子教科書が教師の仕事をコンピュータに任せるものとして想定されています。一方で、CSTA (Computer Science Teachers’ Association)とACMがジョイントで、Computational Thinkingをコアにした、Computer Science EducationをSTEM (Science, Technology, Engineering, and Mathematics)のなかに組み込もうと奮闘しています。こうした活動を見ながら、アメリカが変わることができるか、そして日本はどうなるのか、ということを注視していきたいと思っています。

    いまのところ日本では、Scienceとは理科教育のことであるという解釈が一般的と思われます。Scienceのセンスを磨かずしてイノベーションは豊富に現れてくるのか、イノベーションに将来をかける意気込みをバラク・オバマは一般教書演説で述べましたが、資源がなく労働単価の高い日本がこれまでの、少数で地味なイノベーションと人海戦術での生産(日本型ものづくり)のままでいいのか、つまりアントレプレナーシップまで見据えた議論が必要なのではないかと考えています。

    来月もあるということで、Ust参加できるかわかりませんが、その方面での議論もできたらいいなと思っています。よろしく > 輪読会の皆様

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